文化・宗教 · フィリピンの祝祭
フィリピン人にとっての
ハロウィンとは何か
「お化けの祭り」ではなく「家族の再会」——Undas(ウンダス)の真実
10月になると、カウンターの向こうのキャストたちの話題が変わる。ハロウィンのことを聞くと、仮装やお菓子の話より先に「家族のお墓に行く話」が出てくることがある——それがフィリピンのハロウィン文化の核心だ。日本や欧米とはまったく異なる意味を持つこの時期を理解することで、10月・11月の会話が一気に深くなる。
3日間でひとつの祭り——10/31〜11/2の意味
フィリピンにおいて「ハロウィン」は10月31日だけの行事ではない。10月31日から11月2日にかけての3日間が、それぞれ異なる意味を持つ連続した祭期として捉えられている。フィリピンはアジアで最もカトリック人口の多い国のひとつ(国民の約80%がカトリック)であり、この時期の行事はスペイン植民地時代から受け継いだカトリックの宗教的慣習に深く根ざしている。
31
October
Halloween
ハロウィン
子どもの仮装・お菓子配りは都市部で普及しているが、あくまで「前夜祭」の雰囲気。大人にとっての本番は翌日以降。
1
November(祝日)
All Saints’ Day
万聖節 / Undas(ウンダス)
フィリピン国民の祝日。「諸聖人の日」。先に天国に召された聖人・故人を讃える日。この日がお墓参りのピーク。
2
November(祝日)
All Souls’ Day
万霊節 / Undas 2日目
フィリピン国民の祝日。「死者の日」。すべての故人の魂のための祈りを捧げる。お墓で一晩過ごす家族も多い。
「ウンダス(Undas)」とは
フィリピンでは11月1日・2日をまとめて「Undas(ウンダス)」と呼ぶ。スペイン語の「Honras(オンラス)=追悼の礼」が語源とされ、この2日間は法定祝日として全国で墓参りが行われる。フィリピン人との会話では「Halloween」より「Undas」と言った方が、より本質的な意味で通じる。
「怖い祭り」ではなく「温かい再会」——欧米との根本的な違い
欧米(特に米国)のハロウィンと、フィリピンのウンダスは、同じ「10月末〜11月初め」の時期に行われるが、その意味合いはまったく異なる。アメリカ映画やSNSを通じて仮装・お菓子文化はフィリピン都市部にも浸透してきているが、フィリピン人の本来の感覚では、この時期の中心は「死者への祈りと家族の再会」だ。
| 観点 | フィリピン(ウンダス) | 欧米のハロウィン |
|---|---|---|
| 本質的意味 | 故人への祈りと家族の絆を確かめる宗教的行事 | 魔女・おばけなど怖い存在を楽しむ娯楽的なお祭り |
| 主な舞台 | 墓地(カミンテリオ)。一族でお墓に集まる | 街・住宅地。子どもが家々を回るトリック・オア・トリート |
| 誰が主役 | 家族全員。遠方から帰省してきた親族含む | 主に子ども。大人もパーティーで楽しむ |
| 雰囲気 | 悲しみより「再会の喜び」。食事・歌・笑い声があふれる | 非日常のスリルを楽しむ。コスチュームと恐怖がテーマ |
| 食事 | 故人が好きだった料理をお墓の前に供え、一族でともに食べる | お菓子(キャンディ)の交換が中心。墓地で食事はしない |
| 過ごし方 | お墓でロウソクを灯し、一晩中語り合う家族も多い | 夜に仮装して街を歩き、パーティーに参加する |
| 宗教的背景 | カトリックの「諸聖人の日」「死者の日」が核心 | ケルトの「サウィン」が起源だが宗教色は薄れた |
| 日本との対比 | お盆(先祖を迎える・送る)に近い感覚 | 日本のハロウィン(渋谷など)と同様の娯楽化したもの |
「墓地」が賑わう——フィリピンのウンダス風景
日本人の感覚では想像しにくいかもしれないが、ウンダスのフィリピンの墓地はお祭りのような賑わいになる。家族が総出でお墓に集まり、花を飾り、ロウソクを灯し、故人の好きだった料理を供え、そして一緒に食べる。音楽を流す家族もいるし、子どもたちが墓地の中を走り回っている光景も珍しくない。
マニラ北墓地(最大規模)の来訪者数
約100万人
ウンダス期間2日間の推計値
フィリピン全土の交通規制
全主要都市
11/1〜2は渋滞が全国的に発生
お墓での滞在時間
丸1日〜
1泊
夜通し過ごす家族も多い
ロウソクの光
日が暮れると墓地はロウソクの灯りに包まれる。電気が届かない地方でも、家族がロウソクを持ち寄り一晩中故人の魂を照らす。この光景はウンダスの象徴的なシーンで、写真・動画でよくSNSにも投稿される。
故人の好きな料理を供える
お墓の前に故人が好きだった料理を並べるのが習慣。供えた後は家族全員でともに食べる。日本のお盆の供え物に似ているが、墓地でその場で食べる点がフィリピン流。パンデサル・アドボ・カレカレが定番。
音楽と歌
フィリピンの墓地はウンダスの間、悲しみだけの場ではない。故人が好きだった歌を流したり、家族でギターを弾いたりする光景も見られる。「故人を偲ぶ」とは「悲しむ」より「一緒に楽しむ」感覚に近い。
帰省ラッシュ
フィリピン国内では、ウンダスは春の帰省シーズンに匹敵する大移動の時期。マニラに出稼ぎに来た人々が地元に帰り、家族全員でお墓に向かう。バスターミナル・港は数日前から混雑する。
ウンダスの1日——典型的な過ごし方
カトリックの家庭は早朝からミサ(Mass)に参加する。教会は超満員となり、境内に人が溢れる。故人の名前を読み上げる追悼のミサが行われることも多い。
家族全員でお墓に向かう。まずお墓を清掃し、白や黄色の菊などの花を飾る。ロウソクを立て、故人の写真を持ってくる家族も多い。墓地周辺はすでに露店が並び、食べ物・飲み物・ロウソクが売られている。
お墓の前で持ち寄った料理を広げ、一族でともに食べる。故人の思い出を語り合い、笑い声が飛び交うことも珍しくない。子どもたちはお墓の周りを遊び回る。ロザリオ(祈り)を唱える場面もある。
夜になると墓地はロウソクの光で照らされる。そのまま一晩中お墓のそばで過ごす家族も多く、語らい・歌・祈りが続く。「故人がこの時期に帰ってくる」という信仰から、夜通し灯りを絶やさない家族もいる。
11月2日は「All Souls’ Day(万霊節)」。諸聖人の日(11/1)が「天国にいる聖人たち」のためなら、こちらは「まだ煉獄にいる魂すべて」のための日。追悼ミサと墓参りが再び行われ、2日間の祭期が終わる。
日本でのウンダス——帰れない故郷への思い
日本で働くタレント・アルバイトにとって、ウンダスは特別に複雑な感情を伴う時期だ。本来なら家族全員でお墓に集まるべき時期に、自分だけ日本にいる——その寂しさと、「だから頑張って働いている」という自己肯定が複雑に絡み合う。
ビデオ通話でのウンダス参加
スマートフォンの普及以降、日本にいながらFacebook LiveやZoomでお墓参りに「参加」するのが一般的になった。家族がスマホをお墓に向け、日本側のキャストが画面越しに故人に語りかける光景は珍しくない。
日本の教会でのミサ
在住フィリピン人の多い地域では、カトリック教会がタガログ語ミサを行うことがある。ウンダスの時期は特に礼拝参加者が増え、在日フィリピン人コミュニティが一堂に集まる場にもなる。
部屋でのロウソク・祈り
帰省できないアルバイトやタレントが、部屋に故人の写真を飾り、ロウソクを灯して祈る習慣を持つ人も多い。信仰の深さは人それぞれだが、この時期に「故人を思う」気持ちはほぼすべてのフィリピン人が持つ。
帰省費用の送金
自分が帰れない代わりに、フィリピンの家族がお墓参りや集まりのための費用を賄えるよう、この時期に合わせて多めに送金するケースも多い。「お墓に花を買うお金を送る」ことが、日本からの参加の形になっている。
タレントの場合の特殊な事情
興行ビザで来日中のタレントにとって、ウンダスの時期は来日後2〜4ヶ月目に重なることが多い。在留期間の制約上、11月の帰国は通常できない。「ウンダスに帰れない」ことはタレントが日本に来る際に覚悟していることのひとつであり、その分ビデオ通話や送金によって精神的に補おうとする気持ちが強くなる時期でもある。
この時期だからこそ使える——会話のヒント集
ウンダスを知っているだけで、10〜11月のカウンター越しの会話が格段に豊かになる。相手の文化を知っている人として信頼され、踏み込んだ話が自然に生まれる。
- 「ウンダスはビデオ通話した?」——この一言で「あなたの文化を知っている」というシグナルになる。多くの場合、家族の話・故人の話・帰省できない寂しさへと自然につながっていく。
- 「フィリピンのウンダスって日本のお盆に似てるよね」——共通点を見つける会話は距離を縮める。「でも日本のお盆は墓地に泊まらないよね」と返ってきたら、そこから違いの話に広がる。
- 「誰のお墓に行くの?(誰を想う時期?)」——故人が誰かを聞くのは、フィリピン人に対してそれほどタブーではない。むしろウンダスは「故人を語る」文化なので、自然に話してくれることが多い。ただし最近亡くなった近親者がいる場合は触れ方に配慮を。
- 「墓地でご飯食べるの?本当に?」——初めて聞いた体で質問すると喜んで説明してくれる。「そうなの、パーティーみたいなものよ」という答えが返ってきたら、食べるものの話・家族の話へと広がっていく。
- 避けた方がいい聞き方:「フィリピンのハロウィンって仮装するの?」——欧米のハロウィンと混同した質問は「この人は分かってない」と思われる可能性がある。「ウンダス」「お墓参り」という切り口の方が確実に喜ばれる。
この記事のまとめ
- ウンダスとは フィリピンでは10/31〜11/2が「ハロウィン期間」。中心は11/1(万聖節)と11/2(万霊節)で、両日ともフィリピンの祝日。まとめて「ウンダス」と呼ぶ。
- 文化の核心 欧米の「お化けの祭り」とは全く異なる。家族全員でお墓に集まり、食事・歌・祈りを通じて故人と再会する「温かい家族の日」。日本のお盆に近い感覚。
- 墓地の風景 フィリピンの墓地はウンダスの間、ロウソクの灯りと家族の笑い声でいっぱいになる。一晩中お墓で過ごす家族も多く、悲しみより「再会の喜び」が空気を満たす。
- 日本在住者の思い 帰省できないタレント・アルバイトはビデオ通話・送金・教会でのミサで故郷とつながる。10〜11月は特に家族への思いが強まる時期であることを理解することが、会話の深みにつながる。
- 会話のコツ 「ハロウィン楽しんだ?」より「ウンダスはビデオ通話した?」の一言で、相手の文化を知っている人として信頼され、家族・故人・故郷への想いという深い話が自然に生まれる。